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zoom RSS さようならヒカル!19年間の夢と思い出をありがとう 前編

<<   作成日時 : 2013/02/28 13:48   >>

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「緊急特別企画…
『さようならヒカル!19年間の夢と思い出をありがとう
…我が息子ヒカルを忍ぶ…』前編」


画像前書き…
この原稿はあの2年前の、衝撃の東日本大震災の直前に完成していましたが、
沢山の…本当に沢山の方達がお亡くなりになられて、我が息子同然とはいえ自分の愛犬の死を、声高に語れないな…とお蔵入りにしておいた原稿です。
時期が来たとの自己判断ではありますが、
ここに掲載させていただきます。
我が息子ヒカルの思い出よ…今一度、甦れ…。





@「突然の別れ…」
新年を迎え、1月6日(2011年の事)で満19才を越え、このままめでたく20才を迎えるだろうと、本当にこの子は不死身なのだと…思った矢先、2月12日の朝、僕が犬舎に入って間も無く我が息子ヒカルは静かに息を引き取りました。老衰の為だと思います。毛をカットし、耳掃除爪切りと身だしなみを整え、
立派に長寿を全うしたかけがえのない息子を、虹の橋へと送り出してあげました…。

A「ヒカルとの出会い…」
僕は20才からの8年間の見習い修行中に、独立して自分の訓練所「家庭犬の学校サカタドッグスクール」を設立する事を始めとして、幾つもの夢を描いていました。(過去ブログ「空飛ぶ夢物語1」参照)
その中の一つに「7色のトイプードル(白黒シルバークリームレッドブラウンアプリコット)で訓練実演チームを作る!」がありました。
既にトイプードルのぷーちゃん(わずか1ヶ月足らずでなわとびまで覚えた凄い子!)・ノルウェィジアンエルクハウンドのアリス(数少ない犬種ながら大活躍!性格も性能もとっても良い子!)・ポメラニアンのポンポン(僕の訓練士人生の中で最高の訓練性能を持つスーパードッグ!ポンの物語はまたの機会に…ヒカルゴメン…)達と共に、家庭犬の模範訓練実演(警察犬盲導犬聴導犬介助犬救助犬等と並ぶ訓練のデモンストレーションです!)をJKC本部展(晴海のJKC創立40周年本部展で実演しましたよ!気持ち良かった〜♪)を始め、関東各地(青山・三鷹・杉並・上野等)から北海道まで、精力的にまた招待もされつつ、訓練競技会と平行して活躍させてもらっていました。
沢山の観客を驚かせ感心させ、暖かい気持ちにさせる瞬間が堪らなく快感で、ぷーちゃんとポンのダブルでのなわとび・逆立ち歩行・二足歩行での5連続ハードルジャンプ等が得意技でしたが、これを7頭7色のプードルでやったらどんなに可愛くて楽しくて難しくて遣り甲斐があるだろう!?とずっ〜と考えていましたね。

画像そして1990年9月1日、
28才で念願の独立開校!

まずは当スクールのキャラクターロゴでもあるトライカラーのシェルティ(元気犬パッキーだよ♪)を飼い、いよいよ夢の7色のプードルに着手していく。
東京の超有名トイプードルブリーダー「ケイヒンミモト」(ミモトさんの経営するペットショップ「ジャンピエール」さんから10数年に渡り、とても多くの訓練のお客様を紹介していただきました!ありがとうございました♪)から白のメス(名前はホイット)とシルバーのメス(名前はパラダ)を、茨城のブリーダーから小振りの黒のオスを飼いましたが、白とシルバーは訓練には不向きで、黒の「ワンダー君」も大人しく思う程進まず(一通り、なわとび・逆立ち歩行・二足歩行等覚えましたが、活躍してくれたのはわずか一年間でした…)、なかなか思い通りにはぷーちゃんやポンのような訓練の素質を持った子に巡り会えないものだなあ…と夢も諦めかけていた時、
1992年2月、東京のトイプードルのショーブリーダー「スターレジェンド犬舎」にて、まだ生後50日余りの元気で丸々した人懐こい男の子と出会いました。
一目で気に入り自分の取って置きの名前「ヒカル」を命名。

ヒカルは訓練用に育てるつもりだったので、家に来て一度も室内に上げた事は無く最初から犬舎生活で、メチャクチャ可愛いけれど決して甘やかしたりはしませんでしたね。
「パパ〜遊んで〜♪」とまだあどけないやんちゃなこの子が近い将来、サカタドッグスクールの看板犬として大活躍して欲しいと言う願いを遥かに裏切り、
これ程の功績を残してくれるとは…まだ29歳の僕には想像もつかなかったのです。

B「ヒカルとの真夜中の特訓…」
独立してからも定期的に訓練実演の声がかかり、その時は修行していた訓練所から連れて来たスーパードッグ・ポンが活躍してくれていました(当時3才位)。

『僕の実演は約30分、前半は大型犬か中型犬の服従と自由課目を披露。
歴代の犬達はノルウェィジアンエルクハウンドのアリス(訓練競技会優勝3回、15sの体重ながら2人なわとびから大回しなわとび、2本足ハードルジャンプまで出来た忠犬!)→コーギーのドンちゃん(優勝4回)→シェルティのシェリー(優勝7回・タイトル2回)→ハスキーのタロー(優勝2回)→ゴールデンのアルフ(優勝3回)と、訓練競技会で大活躍してくれた名犬揃い!
(それぞれの子達は、この先「時をかけぬけた名犬たちシリーズ」の中で順番に紹介していきますのでお楽しみに♪)
後半は小型犬の珍芸?からウルトラC級の技の数々を披露!
歴代の犬達はプードルのぷーちゃん(当時1才6ヶ月、見習い修行3つ目の訓練所で入所後1ヶ月掛からず、ダッコオンブ・股くぐり・お回り・棒飛び・輪飛び・足飛び・腕輪飛び・二足歩行前進バック回る・2本足ハードルジャンプ・手押し車・なわとび・5連続障害飛越等を覚え、観客前で披露した天才犬!)→ポメラニアンのポン(本部競技会初出場優勝、大学科連続優勝等、優勝4回、二重回しなわとびや逆立ち歩きスラロームが得意)→ プードルのワンダー(18年前当スクールで制作したビデオ「愛犬をやさしい家族にする方法」に出演)→ヒカルローズ(ヒカルの沢山の子供達の中で、唯一ヒカルの才能を受け継いだ愛娘)と続いていきます。』

生後4ヶ月から一緒のポンの事は可愛くて、数々の修羅場を共にくぐり抜けて来たので、絶大な信頼感と今でもその完璧な最高難度の演技はNo.1だと思うけれど、修行時代に育て上げた子にいつまでも頼っていては、自分と学校の未来も成長もない!と考え、早く新しい実演看板犬を育てたかったのです。7色7頭とまではいかなかったけれど、神童ポンの後継にヒカルならなれる!と抜擢したのです。
早くからその才能を開花させていく幼いヒカル…。
4ヶ月の頃にはジャンプして僕の持った靴下や軍手に咬み付きぶら下がる程、運動神経や度胸があったなあ。(そう言えばポンは4ヶ月の頃大型犬用木製ダンベルを投げると、小さい体でくわえて走って来て僕の膝の上に飛び乗り、何度でも繰り返すのを見ながら、この子は恐ろしく素質の高い子だなと…この才能を無駄に出来ないなと…思った事が忘れられないなあ…)

画像そして5ヶ月からいよいよヒカルの訓練開始!
普通は服従からだけど僕の小型実演犬は全て二足歩行と逆立ち歩きが出来るのが絶対条件なので、服従と同時に二本足と逆立ちで歩く練習を早くも始める。(体操選手のように筋力をつける為。習得期間は二足歩行の前進・バック・左右お回りは4ヶ月間位、二足でのジャンプは6ヶ月間位、逆立ち歩き直線とターンは8ヶ月間位、逆立ち歩きスラロームターンは1年間位かかる。但し人であればオリンピックで金メダルを取れる位素質があって、僕が英才教育的に毎日やればの話ですが♪)
しかし…この時期(独立2年目)は無茶苦茶忙しく、お預りのワン生徒達は常時40〜50頭!
しかも助手がいなかったので毎朝6時起きで、終わるのは夜中1時〜2時!
その間休憩は30分程と記憶しています。勿論1年を通してお休みはありませんでした。(預託訓練の宿命ですから)
画像念願の独立、自分の学校が持てた事は非常に嬉しい限りですが、想像を越えてお客様が大勢いらしてくれたので、ヒカルの訓練は毎日夜中11時〜11時半でやっと始まり、そこから40分〜1時間位…。
寝静まった周りのお家に気を遣いながら、
ヒカルと共に熱い特訓に夢中で打ち込む…
でもまだ仔犬で小型犬ですからね、
楽しいが第一!
難度の高い訓練をほめてほめてほめまくり
教えていく!
19年間ヒカルを叱った事はありません。裏を返せば余りに高度過ぎる訓練について来る子は、普段とても良い子になってしまうので)
どんなに忙しくとも自分が選んだ道だから苦労と思った事はないけれど、さすがに疲れる…。でも最後にヒカルが待っていてくれると思うと頑張れたなあ。
まあ35歳位まではどんなに仕事がハードでも一晩寝ればスッキリ回復してた、若さ恐るべし…。
そしてヒカルは見る見る成長していく。僕の願いに答えるかのように…
そして2人の間に確かな心の絆が…。
画像

「次回後編お楽しみにデス、ハイ!」

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